第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)の開催にあたり、政府、投資家、企業、科学者はパリ協定の目標と一致するネットゼロ社会への移行の促進に力を入れています。そうしたなか、企業の温室効果ガス削減への取り組みとポートフォリオのネットゼロ目標との整合性をどのように有意義に測定できるのかは、投資家にとって重要な課題です。

民間側では、温暖化ガス排出量の実質ゼロを目指す金融機関の有志連合であるグラスゴー金融同盟(GFANZ)などのイニシアチブがすでに発足しています。実際、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)はポートフォリオのネットゼロ目標との整合性に関する情報開示を推奨しています。

abrdn(アバディーン)は、2万社を対象とするポートフォリオ整合性指標(portfolio-alignment metric)の中から現実世界においてベストな指標として機能するものを探る分析を行いました。分析の結果、ネットゼロ目標との整合度合いによって投資先企業を分類する「成熟度指標(MSA)」(Maturity Scale Alignment)アプローチが投資家にとって最も有効であると考えます。

背景

パリ協定の目標と一致し、地球全体の平均気温の2度以上の上昇を防ぐには、世界は前年比ベースで毎年7-8%の脱炭素化を進め、2050年までに温室効果ガス排出量のネットゼロを達成しなければなりません。GFANZは、各企業と各ポートフォリオのネットゼロ目標との整合性を測定するため、以下の4つのポートフォリオ整合性指標を提示しています。

  • バイナリ・ターゲット指標(Binary Target Metric、BTM): 2050年ネットゼロ目標に整合した排出削減目標を掲げる投資先企業の割合の測定  

  • 成熟度指標(Maturity Scale Alignment、MSA): ネットゼロ目標との整合度合いによる投資先企業の分類

  • ベンチマーク逸脱指標(Benchmark Divergence、BMD): 投資先企業またはポートフォリオの排出経路とネットゼロに整合するベンチマークの上下乖離度合いを測定

  • 暗示的気温上昇指標(Implied Temperature Rise、ITR): ポートフォリオの排出経路が世紀末に向けての気温上昇に及ぼす影響をスコアに換算して表示

投資家は、TCFDに沿った規制を遵守するために使う指標を選ぶことができます。ネットゼロ目標の達成に意欲的なお客様の多くは、気候変動に関する機関投資家グループ(IIGCC)のポートフォリオ構築ガイダンスであるネットゼロ投資フレームワーク(NZIF)でも推薦されている成熟度指標(MSA)を選んでいます。

ポートフォリオ整合性指標の解釈

abrdnが、対象数を6,000社に絞り込んで成熟度の整合度合いを分析したところ、完全に整合している企業の割合はわずか2%、ネットゼロ目標との整合に向けて進んでいる企業も7%に過ぎないことが判明しました。約40%はネットゼロ目標の達成にコミットしているものの、必要な活動は十分ではありませんでした。分析結果で特に重視すべき点は企業間のデータ格差でした。分析対象企業の39%は、ポートフォリオのネットゼロ目標との整合に関するデータそのものが不十分であることがわかりました。

アクティブ運用マネジャーは、ポートフォリオ整合性指標にボトムアップ分析を組み入れることでデータの質の向上や、投資先企業に関する有意義なエンゲージメントのマイルストーンを設定するという付加価値をもたらすことが可能です。ベンチマーク逸脱指標(BMD)と暗示的気温上昇指標(ITR)の場合、個別企業データの透明性が往々にして不十分であるため、こうした付加価値をもたらすことは困難です。

成熟度指標(MSA)

出所: abrdn、2023年9月時点

成熟度指標(MSA)による企業分類に必要なインプット

  • 意欲:2050年までにネットゼロ達成を目指す企業

  • 目標:ネットゼロ目標の達成のために中間目標(遅くとも2035年まで)を設定している企業

  • 排出削減実績:これまでの排出量データが削減に向けたポジティブな傾向を示している企業

  • 開示:排出に関する全面的な情報開示を行っている企業

  • 脱炭素戦略:排出削減目標達成のために明確な戦略を実行している企業

  • 資本的支出(CAPEX) :脱炭素目標達成を支援するために明確な資本的支出戦略を実行している企業

暗示的気温上昇指標(ITR)アプローチとベンチマーク逸脱指標(BMD)アプローチを評価したところ、いずれも不確かな前提とモデルに依存しているため、かなり制約があることがわかりました。温暖化は地球上の累積炭素排出量によって引き起こされており、セクター別の脱炭素化比率が引き起こすものではありません。そのため、個別セクターの脱炭素化が全体の脱炭素化にどのような影響を及ぼすかを前提とする必要があります。

温暖化寄与度の数値化指標の1つに気温スコア(低いほうが温暖化寄与度が小さいことを示す)があります。一部の石油・ガス会社には低いスコアが付与され、一方、信頼できるネットゼロ移行計画を実行している公益事業会社には高い気温スコアが付与されるなど、温暖化に関する複雑さが、企業レベルにおいて直感的にわかりづらい結果をもたらしていることも明らかになりました。abrdnの分析では、同一企業に関する暗示的気温上昇指標(ITR)とベンチマーク逸脱指標(BMD)が正反対の結果となっている事例も確認されました。

abrdnのアプローチ

abrdnは上記4つの指標のすべてに対応する分析能力を備えていますが、好ましいと考えるアプローチは成熟度指標(MSA)です。MSAアプローチが持つ透明性が高く、直感的なプロセスは現実世界への影響を明確にし、また、投資プロセスに組み入れるのに最適です。MSAアプローチを使えば、エンゲージメントのマイルストーンを把握するうえで必要な企業別データの入手が可能になります。abrdnではMSAアプローチをネットゼロ・スチュワードシップ戦略に組み入れ、企業の低炭素社会への移行の進捗状況を評価するために活用しています。

バイナリ・ターゲット指標(BTM)アプローチは、あまりにも単純化されていて、それに反映されているのは企業の脱炭素化への目標であって、企業活動ではありません。対して、暗示的気温上昇指標(ITR)アプローチとベンチマーク逸脱指標(BMD)アプローチは理論的には堅固ですが、いずれも透明性を欠き、不確かな前提に依存しているため、投資家には適していません。

ネットゼロに整合している企業がネットゼロ目標を達成するという保証がないことに留意しておく必要があります。abrdnは企業活動とともに、政策やテクノロジーの成熟度などネットゼロを実現可能にする要因を考慮した信頼性フレームワークを独自開発し、企業のネットゼロ目標の実行の可能性を評価しています。

おわりに

資産運用会社がポートフォリオ整合性という規制要件を満たすために最低限求められていることは、関連データのソースの確保とレポーティング機能の開発です。同時に、整合性指標は投資プロセスに付加価値をもたらすために利用されるべきです。それぞれに適した指標を選ぶ際には、何を達成しようとしているのかを考え、指標の選択が現実世界に及ぼす影響を評価することが重要です。

abrdnは、成熟度指標(MSA)が現実世界における脱炭素化の推進とお客様の長期的な価値の創出にはベストなアプローチであると確信しています。