多くの不動産投資家は、環境・社会・ガバナンス(ESG)戦略の社会的側面への取り組みにますます重点を置いています。しかし、遵守すべき規制、指針、社会的に認められたベスト・プラクティス(最良の事例)はほとんど存在しないため、実際に取り組むのは簡単ではありません。温室効果ガス排出量や他の環境改善よりも測定するのがはるかに困難です。これは特に「アフォーダブル・ハウジング(手頃な価格の住宅)」について言えることです。

abrdn(アバディーン)は独自の手法で、市場、ファンド、資産レベルでの住宅のアフォーダビリティ(手頃な価格)を定義、測定、評価します。abrdnが欧州で保有する70億ユーロ(約1兆1,000億円)相当の住宅資産は、そのための重要なデータ・サンプルを提供してくれます。それにより、アフォーダビリティが実際に何を意味するのかを評価し、住宅戦略全体を通してより多くの情報に基づく意思決定を行うことが可能になります。

アフォーダビリティの評価方法

慢性的な住宅不足は世界的に進行しています。世界経済フォーラムの分析によると、増大する需要を満たすためには、今から2030年まで毎日96,000戸の住宅を供給する必要があると推定されています1。abrdnの計算では、1日当たりの完成数は18,000戸未満であり、これは必要量の20%未満です。

大幅な供給不足を考えると、住宅価格が実質世帯収入をはるかに超える水準にあることは驚きではありません。その傾向は新型コロナウイルス感染症パンデミック中に加速しました。1960年以来、英国の住宅価格の中央値は世帯収入の4倍に上昇しました2。供給不足は不可逆的と見られ、問題がさらに深刻化するのは必至です。その結果、住宅貧困がさらに拡大し、社会経済的不平等が拡大することになります。

不動産業界は何十年も前からアフォーダブル・ハウジングについて議論を重ねてきました。しかし、abrdnが2023年3月に発表したレポート「 European tenants: the search for affordable housing 」(英語でのみご提供)で、この課題を克服するための明確な道筋はおろか、課題の適切な定義方法についても意見の一致がほとんどないことに触れています。
※本レポートは機関投資家のお客様向けです。

abrdnはアフォーダビリティとは何かを定義することが、ソリューションの第一歩だと信じています。

アフォーダビリティの定義とトラッキング

abrdnはアフォーダビリティとは何かを定義することがソリューションの第一歩だと考えています。定義には様々なものがあり、地域ごとの微妙な違いが混乱を引き起こしているのが現状ですが、少なくとも合理的な仮定から始めることはできます。

abrdnでは、市場家賃がその地域の推定可処分所得の30ー40%未満の場合をアフォーダブルであると分類しています。他にも、市場家賃より15ー20%低い水準を含む複数の評価指標を設定しました。所得のレンジを設けた理由は、生活費や購買力などの違いによってアフォーダビリティが国ごとに異なるからです。地域によっては、市場家賃が高騰しているため、割引された家賃水準であってもアフォーダビリティが他とは大きく異なるところもあります。

abrdnが推奨するアフォーダビリティの単純な評価指標であっても、考慮すべきニュアンスがいくつかあります。

  • アパートメント(共同住宅の各区画)はそれぞれ違いがあり、不動産特有のマイクロマーケット(小規模商圏)の影響を受けるため、市場家賃を一律同じ方法で確立するのは困難です。同じブロック内のアパートメントでも、複数の面に窓があるいわゆる「ツイン・アスペクト・アパートメント」や優れた眺望が得られる場合に、より高い家賃が設定されます。光熱費が家賃に含まれているケース(暖地家賃または寒地家賃と呼ばれます)や家具家電付きのものもあります。
  • 世帯収入データは不完全です。データの平均値付近にしばしば大きなばらつきや二極化が隠れています。言い換えれば、世帯収入は均等に分布しておらず、都市ごとに違います。平均値だけでは、市場家賃を支払う余裕のある世帯数は把握できません。
  • 家賃も世帯収入も一定ではありません。家賃はインフレ率、定期的な賃料上昇、地域の家賃指数の上昇など様々な要因の影響を受けます。世帯収入は、マクロ経済が労働市場に与える圧力や物価上昇の影響にさらされる一方、税金やその他の控除対象費用の変更の影響を受けるため、調整する必要があります。アフォーダビリティはこのように多方面のプレッシャーにさらされる可能性があるため、評価指標の主要な要素を定期的に見直すことが重要です。

abrdnの「賃貸市場アフォーダビリティ診断」

前述の理論的な課題を考慮して、abrdnは欧州主要都市全体で、より多くの情報に基づくアフォーダビリティ評価を可能にするアプローチを考案しました。この分析の出発点は、大都市圏の所得階層間の世帯分布に関する一貫したデータです。

abrdnの「賃貸市場アフォーダビリティ診断(Rental Market Affordability Diagnostics)」では、アフォーダビリティの転換点だけでなく、大都市圏の世帯のうち市場家賃でアパートメントを借りることができる割合についても徹底的な分析ができます。分析の対象には、光熱費が家賃に含まれているか否か、備え付け家具の追加の家賃が必要か否かなど、地域要因を反映させ、可処分所得に占める家賃の割合を柔軟に定義することができます。abrdnの分析では、世帯収入に占める家賃支出の割合で最も一般的な範囲は30ー40%の層です。また、分析のための基準年も選択が可能です。

さらに賃貸市場における相対的なプレッシャーをよりよく理解するため、異なる規模のアパートメントに関するアフォーダビリティ分析もできるようにしました。アパートメントの規模が大きければ家賃もそれだけ高くなります。しかし、大都市圏内の世帯のどのくらいの割合が各タイプのアパートメントを購入できるのかが分からなければ、いくつかのアフォーダビリティ評価指標は重要な実生活の様相を欠くことになります。

所得分布は、欧州主要都市間でさえも大きく異なります。そのことは、アパートメントの全タイプを通して、住宅市場のアフォーダビリティに大きな影響を与えます。図表1は、ベルリンではパリと比較して、部屋、スタジオ、または複数部屋のアパートメントを借りる余裕がある世帯の割合が約10%少ないことを示しています。

図表1:パリとベルリンの世帯収入・家賃特性
高所得世帯の割合が高いパリでは、依然として低所得層の割合が高いベルリンと比べて、より多くの世帯が市場家賃を払う余裕があります。

パリ:世帯収入・家賃特性

ベルリン:世帯収入・家賃特性

abrdnの評価ツールの実生活への応用

abrdnの評価ツールの主な有用性の1つは、アパートメントの実際の家賃をabrdnのポートフォリオに重ね合わせて理論テストを行えることです。abrdnは欧州で70億ユーロ相当の価値がある30,000戸以上のレジデンシャル・アパートメントを管理しています。それは、アフォーダビリティ評価ツールをテストするうえで欠かせない匿名化されたデータの豊富なプールがすでにそろっていることを意味します。abrdnが管理するアパートメントの家賃について、市場家賃と規模別のアフォーダビリティ基準との比較がそれぞれ可能になります。不動産の特性とパフォーマンス・データを重ね合わせて、相対的なアフォーダビリティが特定の集合住宅の成功にどのような影響をもたらすかを検証することもできます。さらに、居住者のために役立つ建築計画の作成および管理の方法を学ぶうえでも有効です。

この評価ツールは、地域ごとにアフォーダビリティ基準に合致するアパートメントの確実な提供・管理と同時に、居住用不動産の何が居住者の人気を高め、成功させるのかを解明することにも貢献します。abrdnは、居住者の幸せこそが、健全で成功可能な住宅戦略の基盤であると常に信じています。

正しい方向に前進

欧州全域の賃貸市場のアフォーダビリティ評価を可能にするツールの開発によって、簡単かつ再現可能で、柔軟なアプローチが実現できます。これにより、市場のアフォーダビリティを評価することができ、欧州における住宅投資に関する全体像を把握することが可能になります。これで住宅危機が解決するわけではありませんが、アフォーダビリティの達成を求める居住者の声に確実に耳を傾け、住宅戦略に対してより多くの情報に基づくアプローチを推進していく上で役立ちます。このアフォーダビリティを評価する方法は厳密な科学ではありませんが、時間の経過とともに進化し、賃貸アパートメントのアフォーダビリティを評価するための透明かつ柔軟な方法になるとは信じています。