キーポイント

  • 利下げ開始は年央までと予測
  • グローバル不動産市場は安定傾向にあり、年内のどこかで不動産の価格と投資活動は改善する見通し
  • 好調なファンダメンタルズとそれを支える力強いテーマ要因を考慮すると、インダストリアル、レジデンシャル、オルタナティブの各セクターが市場の回復をけん引

MSCIグローバル・インデックス・リターン

グローバル経済見通し

インフレは世界的に抑制され、米国経済は緩やかにソフトランディングに向かい、金融緩和が近々始まる——。2024年1月を迎えた市場ではそうした見方が大勢を占めました。ただし、予測どおりになるか否かは今ひとつ定かではないため、市場は米連邦準備理事会(FRB)が3月に利下げを開始する可能性も依然として織り込んでいます。

インフレ・リスクについては、以前から続いているものと新しく発生したものが混じりあう格好となっています。イスラエル・ハマス紛争を受けて、イエメンの親イラン武装組織フーシ派がハマスを支援するために紅海を航行中の船舶を攻撃しています。アジア・欧州路線の経由地をスエズ運河から数週間の遠回りとなる喜望峰に変更する海運会社も出てきており、商品価格が上昇する可能性があります。

一方、生産性調整済み賃金の上昇率は多くの国で依然としてインフレ目標を超える水準にあります。そのため、賃金上昇圧力は緩和傾向にあるものの、中央銀行がインフレ抑制を達成したと確信できる水準には至っていません。

abrdn(アバディーン)では、世界経済の減速は市場コンセンサスを上回るものになると予測しています。しかし、その状況は国・地域によりまちまちであると考えます。英国とユーロ圏はすでにリセッションに近い状況にありますが、米国が景気後退に陥るのは2024年後半になる可能性が高そうです。米国経済がソフトランディングに向かうのは確かですが、abrdnでは低下が続く家計貯蓄率を反映して緩やかなリセッションに入っていくと予想しています。

中国では、最新データは経済成長率が金融緩和策を受けて安定化しつつあることを示しています。しかし、中国の2024年成長率については目標を下回るとabrdnは予測しています。その理由は、消費者信頼感指数の低迷と住宅市場の冷え込みという2つの向かい風です。

一方、欧米の中央銀行が慎重姿勢を維持していることから、市場が期待する利下げサイクルの開始が遅れる可能性があります。abrdnでは、2024年年央までに利下げサイクルが始まると予想しています。政策金利の最終的な底については、成長見通しと市場金利見通しの双方の低さを考慮すると市場と中央銀行が想定する水準より低くなると考えています。

新興諸国全体に目を移すと、その利下げサイクル開始はFRBによる利下げ待ちの状態です。いずれにしても、多くの新興国は、インフレ率の鈍化、潜在成長率以下の成長、高水準の実質金利を背景に、2024年年央までに利下げに踏み切ると見られています。

主要国の中央銀行の中で日本銀行は明らかに例外で、2024年に金融引き締めに舵を切る可能性があります。abrdnでは、日銀は春季労使賃金改定交渉(春闘)の終結後にイールドカーブ・コントロール(YCC)の撤廃とマイナス金利の解除を決定すると予想しています。

2024年早々に台湾で総統選が行われました。今後もインド、メキシコ、米国、欧州連合(EU)、英国などで選挙が予定されています。米国ではトランプ氏のわずかな優勢が伝えられていますが、今後の景気動向とトランプ氏自身が被告となっている訴訟の行方が選挙結果を大きく左右することは間違いありません。これらの選挙は、政治的分極化、地政学的リスク、グローバリゼーションの性質の変化という問題のさらなる深刻化につながると見られています。

世界経済予測

英国不動産市場概況

英国の不動産資産価値(キャピタル・バリュー)は2023年を通して低下しましたが、直近の低下ペースは穏やかになっています。一部のセクターでは下げ止まりの兆候も現れています。しかし、2024年前半には、特に軟調セクターで不動産価格がさらに軟化するリスクがあります。パフォーマンスはセクターごとに異なり、構造的および固有テーマ要因によって追い風を受けるセクターはマクロ経済環境が弱体化する中でもさらなる強靭性を示しています。リビング(住宅)とロジスティクスの両セクターがその好例で、2023年を通して市場平均をアウトパフォームしました。

英国不動産市場の資産価値は2023年第4四半期に2.6%低下しました。その結果、MSCIマンスリー・インデックスの年間の下落率は5.6%に達しました。リビング・セクターとロジスティクス・セクターは、abrdnの予測どおり年間を通して市場平均をアウトパフォームし、2023年の資産価値の増加率は前年比それぞれ1.9%と0.1%のプラスでした。オフィス・セクターは低迷を抜け出せず、資産価値は年間で16.6%の下落となりました。その要因がオフィスにおける勤務形態の変化、資金調達コストの上昇、投資家心理の冷え込みであることは言うまでもありません。

英国オール・プロパティ指数で見ると、2023暦年のトータル・リターンはマイナス0.1%でした。最大のマイナス要因は、11.9%下落したオフィス・セクターの低迷です。最も高いパフォーマンスを実現したのは2022年に続いてレジデンシャル・セクターで、2023年のリターンは8.2%でした。インダストリアル・セクターのリターン上昇率は5.1%でした。

リアル・キャピタル・アナリティクス社によると、英国における2023暦年の不動産投資総額は343億ポンドでした。前年比47%減で、2009年以来最大の減少幅となりました。投資の冷え込みの背景には、いくつかのセクターで見られた不動産の買い手と売り手の間の「期待ギャップ」の開きがあります。英国不動産の買い需要は2023年に縮小しましたが、abrdnではその傾向が2024年前半も続くと予想しています。abrdnの予想では、市場の流動性は2024年中に回復する見通しですが、その理由として買い手と売り手の間の期待ギャップが埋まる可能性が考えられます。

英国の上場不動産株式セクターは上昇基調で2023年を終えました。2023年第4四半期のトータル・リターンを見ると、英国の上場不動産銘柄を対象とするFTSE EPRA Nareit UK指数は18.9%を記録し、FTSE総株式指数(FTSE All-Share Index)の3.2%を大幅に上回りました。同四半期には、英国の不動産投資信託(REIT)のパフォーマンスが回復に転じました。その主な理由は、英国のインフレ率の鈍化と政策金利がピークに達したとする観測から市場で2024年後半の利下げ開始見通しが強まったことです。そうした市場の変化をより顕著に反映したのは英国金利スワップ市場で、5年物スワップ金利は2023年末には3.3%前後まで下がりました。これは2023年の最高水準となった7月の5.3%前後を大幅に下回ります。英国の上場不動産株指数は歴史的に英国の現物(direct)不動産セクターの動きに6-9カ月ほど先行してきました。そのため、2024年を通して現物不動産市場の回復が進むという見方が強まっています。

英国不動産市場見通し:2024年第1四半期(英語でのみご提供)についてはこちら
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欧州不動産市場概況

欧州現物不動産のリターン見通しは四半期ごとに改善しています。abrdnでは、欧州オール・プロパティ指数の2024年1-12月のトータル・リターンは1.8%になると予測しています。その後は回復に向かうため、3年と5年の年率平均トータル・リターンはそれぞれ7.4%と7.8%になります。英国を除く欧州オール・プロパティ指数のリターンは、2022年7月から2023年末までに17%のマイナスとなりましたが、2024年1-12月にはさらに3%のマイナスとなるとabrdnは予測しています(セクター別では、オフィスが5.7%、インダストリアルが2.3%、小売が4.4%のマイナス、レジデンシャルは0.4%のプラス)。イールド調整局面は、政策金利がピークに達した可能性があるため、その終わりが近づいていると考えています。

  • イールド調整
    政策金利がピークに達している可能性があることから、イールド調整局面の終わりは近いと考えています。イールドは2024年半ばまでに安定すると想定しています。
  • 景気動向
    リセッション下ではインカム・リスクと質の偏りが生じると予想しています。その場合、プライム資産がアウトパフォームする可能性が高いと考えます。
  • 供給主導型の賃貸セクターの反発
    供給減が賃貸セクターの追い風となっています。リース契約に盛り込まれている家賃の物価スライド制もプラス要因と言えます。

経済見通しが弱いなか、abrdnによる予測の下振れリスクは上昇しています。景気の先行きが依然として不透明であることを考慮して、abrdnは既存のマンデートに関しては2024年前半も低リスク・アプローチを継続中です。そうしたアプローチには、レバレッジと新規開発案件へのエクスポージャーの削減、空室率の低減、現金比率の高め維持が含まれます。

しかし、コアやバリューアッド物件に参入するには良いエントリー価格が今から始まっていると考えています。

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アジア太平洋不動産市場概況

短期的なキャピタル・リターンは引き続き圧力にさらされ続けています。しかし、abrdnはその低下見通しについては下げ幅を圧縮しました。理由は、FRBをはじめとする中央銀行による利下げが以前の予想よりも早まる可能性が高くなったことです。一方、金利低下を織り込んでいるabrdnの長期見通しの基本シナリオに変更はありません。それに関連した予測では、人口動態変化が2030年までの金利動向に及ぼす影響は下押し方向に働くとみています。abrdnのグローバル・マクロ・リサーチ・チームによると、潜在成長力の要因の1つである労働力の減少は人口の高齢化による金利の上昇圧力を相殺する以上の効果をもたらします。それに加えて、主要諸国(日本を除く)における利下げ圧力は、グローバル金融システムによる利上げ圧力へのさらなる牽制を意味します。以上のことからabrdnは、金利低下のキャピタル・リターン押し上げ効果はこの1―2年はもとよりその先も期待できると判断しています。物件利回りの短期的な上昇は、投資家にコア・ロケーションのグレードA資産に投資する好機をもたらす可能性があります。

マクロ経済要因および地政学的展開が不動産市場の短期的なパフォーマンスに大きな影響をもたらすことが予想されます。米国金利は既にピークに達した模様で、経済データの悪化が予想より早まればFRBが利下げ開始のタイミングを繰り上げる可能性が考えられます。地政学的展開とそれらのサプライチェーン(供給網)への影響は極めて流動的で、インフレや金利に予期せぬ形で影響を及ぼす恐れがあります。アジア太平洋地域では、オーストラリアのインフレ率の下げ渋りが続いており、FRBが利下げに踏み切ったとしても、オーストラリア準備銀行が再利上げを行うことも想定されます。再利上げがあれば、不動産の物件利回りと物件価値に影響が及びます。

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北米不動産市場概況

米国では企業が従業員のオフィス復帰に苦労する状況が続いているため、abrdnは米国不動産市場のオフィス・セクターについては弱気の見方をしています。全米のオフィスビルの週次稼働率は50%前後で頭打ちになっている模様です。サブリース(転貸)新規供給率が現行水準のままではオフィスの本来の所有者は賃貸人にますます大幅な譲歩をせざるを得なくなるため、abrdnでは賃貸料の実効伸び率は弱まると予想しています。最近では、初期リース・サイクル中の賃貸ビルそのもののサブリースが増加傾向を示しています。オフィス・セクターが回復するまでには厳しい状況が長く続くことになりそうです。賃貸オフィスの需給ダイナミクスの改善には大量の在庫物件の処理を加速させる必要があります。

東海岸都市圏の主要住宅地では、集合住宅物件への需要が堅調に推移しています。米国全体では供給過剰になっていますが、東海岸では供給が限定された状況が続くと予想しています。東海岸とサンベルト(米国南部)では強制競売による小型物件の供給も予想されます。そうした物件は2020年から2022年にかけて融資契約を締結した可能性が高く、買いの機会となる可能性があります。

abrdnがサンベルトや中西部で注目する不動産物件は、ストリップ・モール(ショッピング・モールより規模が小さい複合商業施設)、ライフスタイル・センター(オープンエア型ショッピング・センター)、それに食料品店やディスカウント店などを中心とするスタンドアローン店舗です。これらの物件にとって人口増は追い風となり、取り扱う商品も比較的限られるためサプライチェーン・リスクも限定的です。マイナス面としては景気動向に左右されやすいことが挙げられます。

abrdnは、米国のインダストリアルとロジスティクスの両セクターでは、メキシコ湾沿いと東部沿岸の港に接する物件について強気の見方をしています。これらの港では、米国政府が推進するサプライチェーン強化策「フレンド・ショアリング」が本格化すれば取扱貨物量が増えることが確実視されています。サプライチェーンを近隣で完結させる「ニアショアリング」と国内で完結させる「オンショアリング」の機会が増えるのは必至で、サバンナ港(ジョージア州)とニュージャージー港では貨物取扱能力を増強するためにインフラ改修・改良工事が最近行われました。ニアショアリングにより陸路の国境も往来が増えることが予想されます。シカゴやダラスなど、陸路・鉄路など複数の輸送手段を組み合わせるインターモーダル(複合一貫輸送)ターミナルを擁する都市の不動産市場には追い風となることが予想されます。

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グローバル市場の概観-リスク及びパフォーマン見通し

2024年の年明け後のオール・プロパティ指数の動きから判断すると、不動産の価格調整は大半が一段落しつつあるように思われます。しかし、資産価値に関する市場の期待はセクターごとに異なります。特に、固有テーマ要因による追い風を期待できないセクターの資産を取り巻く状況の厳しさは変わりません。質の低い資産の場合、環境保護法が義務づける将来の改修・改造費の負担が重く、資産価値の改善は見込めません。それどころか、さらなる資産価値の低下が懸念されます。不動産市場全体の先行きについては楽観を強めていますが、2024年明け後の数カ月間は2023年同様、難しいかじ取りが続くと想定しています。投資活動は鈍く、投資家心理にも顕著な改善はまだ見られません。abrdnでは、投資活動と投資家心理は年内のどこかの時点で改善に転じると予想しています。強いファンダメンタルズに支えられているインダストリアル、レジデンシャル、オルタナティブの各セクターに関して強気です。これらのセクターでは、空室率が低く、将来の供給も低いことが予想される一方、需要は引き続き強く、固有テーマ要因による追い風にも恵まれています。地政学的懸念とインフレ懸念から、不動産市場全体の不透明感は依然として強いままです。abrdnは、インフレ圧力が緩和していけば、金利が年内にさらに低下すると予想しています。そうなれば、不動産の相対価格は上昇に転じる見通しです。abrdnは、2024年の経済成長は概して弱く、米国では緩やかなリセッションが進む可能性があると予測しています。

確信度の高いグローバル・テーマとポートフォリオ配分

リセッションによる需要減が予想される環境では、テナントの質と賃料収入の強靭性に対する注目が高まります。abrdnは、今回のサイクルにおける現局面では、高格付けで良質のテナントに狙いを定めてゆく方針です。質の高い資産と質の低い資産の二極化は進む一方です。投資家の間では、ESG(環境・社会・ガバナンス)評価が高く、将来の環境基準の強化にも対応可能な、良質な資産を選ぶ傾向がより顕著になりつつあります。ファンダメンタルズが弱いセクター内の質の低い資産(オフィス・セクターや、小売セクターの質が劣る資産)が資産価値のさらなる調整の影響をまともに受けるのは必至です。abrdnの見通しにおける主な下振れリスクは、インフレが市場予測より長く下げ渋る場合と、金利が予想以上に長く現在の水準にとどまる場合が考えられます。そうなれば、不動産価格はabrdnの想定以上の低下を余儀なくされます。

2024年1月のグローバル・トータル・リターン予想